秀策の大坂連勝
黒の中押し勝ち
弘化3年(1846年)9月。大坂。 耳赤の一局の棋譜の墨が乾く間もなく、安達秀策と井上玄庵因碩は再び向かい合った。1846年の大坂訪問は驚くべき連戦を生んだ。本局は第四局、9月19〜20日(弘化3年)。秀策は分先で黒。197手で玄庵は投了。
シリーズの文脈
秀策の大坂の夏は、日本碁の序列を書き換えた。玄庵が勝てないと認めて打ち切ったハンデ局の後、耳赤の一局で二目勝ちという史上最も称えられる棋譜の一つを残した。18日には短い未了局があった。その次がこの連勝:僅差でも妙手でもなく、十七歳四段が確立した八段を、持続的な優位で圧倒した一局である。
対局
秀策は「無敵」の異名を得る、穏やかで厚い布石で始めた。玄庵は前の結果に動揺したのか、足場を見つけられなかった。黒は勢力を築き地に換え、白を防御的な姿勢へ追い込み、次第に崩れた。中盤には結果はもはや疑いようがなかった。玄庵は負けの終盤を打つより投了を選んだ。
その後
秀策と玄庵はこの訪問でもう一局、9月24〜25日に打ち、秀策が黒二目勝ち。江戸に戻った秀策は五段に昇格し本因坊後継に名指された。1846年大坂シリーズは、耳赤の一局が偶然ではなく、世代を代表する才能の登場だったことを最も明確に示す。
主要資料:CWI Amsterdam秀策アーカイブ(RE[B+R]、197手、DT[1846-09-19,20])、パワー『秀策無双』、Sensei's Library 1846秀策・玄庵シリーズ。