師弟の試金石

Japan flagHoninbo Shusaku (6-dan)
vs
Japan flagHoninbo Shuwa (8-dan)
黒四目勝ち

嘉永4年(1851年)11月15日。江戸。 二十四歳六段の本因坊秀策は、八段で本因坊家当主の師本因坊秀和と、師弟の名シリーズ第一局を打った。秀策は黒。四目勝ち。碁史でも、『ヒカルの碁』で塔矢アキラと藤原佐為の初戦のモデルとしても有名である。

弟子と師

秀策は実力の割に謙虚だった。七段になっても師に対して白を取ることを敬遠し、通算成績を純粋な力比べと解釈しにくくした。1851年は黒番であり、先手を活かした地重視の棋で打った。

秀策斜め布石

秀策は一角に小目(三四目)、対角に四五目を打つ、今も彼の名を冠する布石を見せた。コミなしの時代、黒は大きな模様より確実な地を重視した。秀和は四哲の一人らしい、柔軟でアマシの影響を受けた応手。中盤は古典的な攻防:黒が地を固め、白が複雑さを求めた。

結果と遺産

秀策の読みは正しかった。終盤まで地のリードを保ち四目勝ち。シリーズは1851年末から1852年に続き、秀和は常に白番だった。Sensei's Libraryは、漫画・アニメがこの棋譜(1851-11-15、B+4、時に誤って二目とされる)を進藤と塔矢の初戦に使っていると確認する。

学び手にとって、江戸期古典黒番の教科書例:秀策斜め、粘り強い石の強化、時代最大の師匠への着実な勝利。

主要資料:CWI Amsterdam秀策アーカイブ(RE[B+4]、227手)、Sensei's Library(ヒカルの碁・対局)、パワー『秀策無双』、Wikipedia本因坊秀和。